2017年1月15日(日)13時より歯学部附属病院4階特別講堂にて同門会第9回総会が開催されました。インプラント外来は昨年が創設20年と節目の年でありましたが,同門会も今年で5年目を迎えました。今回は初の試みとして学外の先生2名,河奈裕正先生(慶応大学医学部/歯科口腔外科学講座准教授),今村栄作先生(横浜総合病院/歯科口腔外科部長)にご講演をお願いいたしました。
13時05分 総会
初めに,岡田常司会長から同門会の創設以来の活動や現状についての報告がありました。昨年は奨励賞の該当者がなかったため,次回(平成29年)の受賞者の奨励金は倍額となっております。
続いて金子先生から会計報告が行われ,会費の納入状況等の確認を行いました。今年度の会費納入期限は1月31日(火)です。同門会も回を重ね次回で10回を迎えることから,今後の運営や講演内容についての率直な希望につき,この場を通じてリクエストをお願いさせていただきました。
13時25分 今村 栄作先生 ご講演
「顎骨造成手術における併発症~対処法と予防のためのワンポイント~」
今村先生からは,インプラント治療におけるマイナー及びメジャーボーングラフトについて豊富なご自身の症例や論文のデータを示しながらお話しいただきました。
ボーングラフトの種類,材料など顎骨造成手術の全般的なご説明に続き,骨移植はトリミング不足等による粘膜の哆開などで短期・中期に合併症が起こると骨吸収のリスクが高まること,内側性の骨移植では3mm残存骨があれば人工骨を優先した方が患者さんの負担が小さく,予後も良好なこと等,臨床における骨移植のポイントについてのお話がありました。
今村先生は長く救急病院に勤務されていたこともあり,普段はなかなか私たちが目に出来ないようなシビアな症例も多くご提示いただきました。中でも,腫瘍などで口蓋を除去した後の欠損部を頬脂肪体で被覆することにより口蓋(の粘膜と骨)を綺麗に再建した症例には,「こんなことが出来るの?!」とのどよめきが会場から生じておりました。
この点については井上先生からも質疑でご質問があり,頬脂肪体には骨芽細胞が豊富に存在しているため口蓋の再建にはとても有効であること,耳鼻科の先生もあまりこの術式については知識がなく勿体ないと感じていること,現在オブチュレーターで対応しているケースもかなりこの術式で対応できるのではないかとの今村先生のご見解等のご回答がありました。
また,榎本先生からもこの術式自体は20年以上前から口腔外科領域では行われており,当時論文としても纏めているので参考にしてもらいたいこと,現在でも有効利用されてよい治療法だと思いますとのお話がありました。
最後に,インプラント治療の為の骨造成についてはご自身の臨床統計を基に5年目以降に吸収がみられるケースが増加するとのデータをお示し下さり,この中では現在国内・海外の学会等が示している基準は中期・5年未満の統計予後に基づくものが多く,移植骨の骨吸収の問題点の本質を見落としているとの鋭いご指摘がありました。骨移植の長期予後や骨移植の基準等についての先生の見解は近く論文として発表されるとのことです。
今村先生のご講演からは,インプラント治療においては十分なインフォームドコンセントと術前診断の重要性は治療の前提であり,術者として重要なのは,経験・先人の知見に基づく長期の予後予測と,的確な手術手技の修練であること,そして,治療においては医療人としてのフィロソフィーが必要であるとの言葉が心に残りました。
14時50分 河奈 裕正先生 ご講演
「下顎腫瘍患者への審美的結果を意識した骨移植とデンタルインプラント治療」
河奈先生からは審美的なゴールを目指したインプラント治療について豊富な臨床例を示しながら,現在までの臨床経験から得られた治療における様々な知見をお話しいただきました。
まず,顎骨再建を伴う治療に訪れる患者さんの多くは,ある日突然,疾患により歯や顎骨を失ったため,元の姿に戻りたいという気持ちを強くもって来院されること,まずは患者さんのこの気持ちを認識し理解できる術者であることが良好な治療結果を得る上で重要であるという主観面の大切さについてお話しいただきました。
その上で,この患者さんの気持ちを尊重しつつ,治療として出来ること,出来ないことを術前に説明し理解して貰い,患者さんの選択を得ながら最終ゴールを設定することが治療結果の高い満足度を得るためには必要なこと,そしてこの治療のゴールから逆算した治療(トップダウントリートメント)において骨移植は審美的にも有用な手段の一つであるといった総論についてのお話しがありました。
そして次に具体的治療における各論的なお話しに移りました。初めにマイナーボーングラフトの様々な手技の説明があり,続いてご自身の症例を示しながら審美的な顎骨再建について詳細なご教授をいただきました。
インプラント治療前処置として骨移植が必要なケースの多くは歯槽骨の唇・頬側的な吸収に加え垂直的な吸収もみられるためこれを一回的に解決できるためのマイナーボーングラフトとしては,Jグラフトが有効との実例を交えたご説明がありました。
下顎枝外斜線や腓骨から採取したJ型の1つの骨が実際に歯槽骨を垂直的かつ頬舌的に増加させているスライドには多くの先生の興味深い視線が集まっていました。
遊離骨移植のテクニックとして固定スクリューの頭が粘膜を傷つけないよう移植骨にザグリを付与して骨内にスクリューを収めることや,トリミングが重要であること,何よりも母骨との密着度を高めることが成功率を高めること等,様々な臨床上のテクニックに加え,何よりも骨移植を雑にしないことが良好な結果の為に大切であること等について豊富な症例によりご教授をいただきました。
また,審美的な回復は最終的に補綴物によるところが大きいため,残存歯の状況を十分考慮しこれと調和のとれた上部構造を作りやすいフィクスチャーの埋入位置を設計することが重要であるとのご指摘がありました。
補綴物の設計においては母骨に埋入したインプラントの支持を軸に設計を行うことや,上部構造が両側に亘るときには,反対側の同名歯にフィクスチャーの埋入は行わず,ポンティックとしオベーク形態を付与すると審美的に良好な結果を得られやすいこと,骨移植後のインプラント治療部位は歯頸部ラインが低くなるため残存歯の歯頸部を考慮し,場合によっては調整することで全体の調和を図ることが有用であること,部位によっては骨移植によらずピンクポーセレンによるセラミックガムも有効であることなどご自身のご経験から得られた貴重な示唆に富んだ知見のご説明をいただきました。
質疑では,現在研究の行われているiPS細胞によるヒト由来の人工骨利用の可能性についての質問がありました。これに対しては,ヒト由来(の自家的?)人工骨であっても単独で垂直的骨造成をおこなうことはなかなか困難ではないかとのご見解をお話しいただきました。
「美しきものは機能的である」「著名な先生のみ行える治療は芸術である,多くの患者さんが救われ,恩恵を受けられるためには医療技術は芸術であってはならない」「術者は鍛錬により高い技術を備えていることは治療における当然の前提である」「経験により得られた医療技術は国を超え,世代を超えて常にバトンタッチされ,患者さんに還元されていくべきものであること」などご講演を通じて随所にお話しいただいた河奈先生の信念と思えるお言葉は,とても心に深く響きました。
そして最後に,河奈先生がドイツ留学の帰国時に指導教授から送られた「IMPLANT ENTWICKLUNG」(インプラントは社会に浸透し患者さんに寄与するものである)という言葉を想い出のスライドと共に私たちにもお伝えいただきました。
16時35分 オークラメディコにて懇親会
榎本昭二先生の医科歯科大学へのインプラント導入時のご苦労やスウェーデンでの初めてのブローネマルクインプラントの出会いの想い出話等を交えたご挨拶、並びに乾杯のご発声により、16時35分より懇親会をメディコ(医学部付属病院16階)にて開催いたしました。
懇親会にはご講演いただいた河奈先生・今村先生ご両名もご参会いただきました。お二人からは,インプラント治療を手探りで始めたころのご自身のトラブルや,その際の先生方の対応,そしてトラブル時にどの様な気持ちを持って患者さんへ対応して乗り越えてこられたか等々,中々講演の質疑では伺えないような内容についても率直なお話を聞かせていただきました。
お二人の言葉に共通していたのは,「手技を磨いて目の前の患者さんに誠実に対応すること,治療は患者さんの為に行うものであって自己の経験の為に患者さんがいるのではないこと」といった理念であったと感じました。
河奈先生,今村先生はお二人とも癌を始めとした腫瘍摘出後の顎骨再建を臨床の日常とされており,患者さんの生命予後とQOLを比較衡量した上で,治療の選択肢を提示し患者さんのライフステージを意識した歯科・口腔外科の臨床を実践されている姿が深く伝わってきました。
次回総会は歯内療法専門医が考えるインプラント治療について吉岡隆知先生(東京医科歯科大学非常勤講師・吉岡デンタルオフィス),審美歯科領域のインプラント治療ついて中川雅裕先生(中川歯科医院)のご講演を予定しております。
今回お会いできなかった会員の先生方も是非今年夏・7月9日(日)の次回総会でまたお会いしましょう。